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36. Growing old beats the alternative - dying young.
卒寿の知恵」というリスト式の行動指針みたいなものを見つけた。

しばらく前によく見かけた「賢者の忠告」のタイトルを変えたものだろう(日本語訳は多くあるようなのでリンクは一例、"Sage advice from 90years old"という題になっているものが多い)。

命が続いたとして、90歳という年齢になった時に、何が大事と思って、どんなことを人に言うようになるのか、あまりよくわからないけど、人様に向かって「忠告」というようなことはしたくない、するもんじゃない、と思うのではないか?という点はわりかしとはっきりしたものなので、この45項目のリストに「忠告」という大仰な言葉でなく、「知恵」という言葉が使われているのには得心が行った。

「卒寿の知恵」を読んでやはり気になるのは英文が読めているか、というところで、やはりこれは読めてないんじゃないの...?という気持は捨て切れない(他のよりはマシかな、と言われて訳した人は喜ぶだろうか)。

36. Growing old beats the alternative - dying young.
年を取ると可能性がひとつ消えます。若死にという。


これは確かに、歳を取ってしまえば、それより若い年齢で死ぬことはないのだから、可能性が消えるということは含まれていると思う(死ぬまで18でいるためには18で死ぬしかない)。ここでこのリストが卒寿、90歳の方が書いたという(ことになっている)点をにたちかえると、可能性が消える云々というよりも、年を取るほうが、若くして死ぬよりずっといい、という価値判断を伝えたい言葉なんじゃないかと思う。

alternativeというのは訳しにくい使われ方をする単語ではないかと思うけど、AじゃなかったらB、BじゃなかったらC、とか、BじゃなかったらやっぱりAかな、とかやはり「他」「別」「代」というような漢字が頭に浮かんでくる(otherをあなたはうまく訳出できますか?)。となるとやはり選ぶか選ばないか、ということも考えなくてはならなくて、こうなると、そもそもそれは選べるのか選べないのか、気になってきます。

若死に。夭折。若くして天に召され。神様に愛されて。Only the good die young.

はい、なんとなーく、いろんな言葉を思い出すと、若くして死ぬのが、いいことに思えてくる瞬間があるんじゃないでしょうか。僕はあります。が、知っている人が若くして死んだの思い出すと、揺らぎます。美学のようのものがあるのか。パラレルワールド。あの時、死んでたかもしれない。死んでてもおかしくない。死んだかと思った。何か分岐ができたんじゃないか、あっちの枝の先では僕は死んでいるんじゃないだろうか。僕が死んだ方の枝の先は枯れ細って、風か何かでくしゃりとつぶれて粉末になって、土に還ったんじゃないだろうか。

土?

パラレルワールドの?

なんだそりゃ。

A beats Bという構文は、AがBを負かす、AがBに勝る、BよりAの方がいいよね、A>Bだよね、ということなので、90歳の方が、「歳を取るほうが、そうじゃない方よりいいよね」と言っているのがこの36番目のことば。そうじゃない方、というのが、若くして死ぬこと。90年生きて、どっちがいいか、と考えて、歳を取っていくほうがいいよね、と言ってるわけです。

そこんとこわかってるのかなぁ、この人、ということで、ちょこっと雑な文章を書いてみました。

*

「賢者の忠告」というキーワードで検索すると、何故かamazon.co.jpではこんな本が出てきます。

システム中学国語 論理完成編


戦没画学生の作品を集めた無言館・信濃デッサン館についての本で、最初のものってどれだったんだろう。

「無言館」ものがたり


*

余計なこと書いたかもしれない…。
# by yorubon | 2012-02-08 00:32 | ホンヤクコンニャク(翻訳今昔) | Comments(0)
「それでも感じて」
できる、からの一歩を
あなた、からの一歩を
決める、怖さ
わたし、の怖さ
わたし、が知らないことすべての怖さ
わたし、が持たざるものすべての怖さ

それでも、感じて
アスファルト、の隙間の花に
コバルト、の空に ―あるから

それでも、感じて
涙、が行き着く夢のなかに
音なき、日々の中に ―あるから
あなた、の気配が

There's a sense of you

それでも、感じて
アスファルト、の隙間の花に
コバルト、の空に ―あるから

それでも、感じて
涙、が行き着く夢のなかに
音なき、日々の中に ―あるから

あなた、の気配が

There's a sense of you

あなた、の気配が
―ある、から

(Elisa Toffoli, "Eppure Sentire")
# by yorubon | 2011-05-03 23:35 | ホンヤクコンニャク(翻訳今昔) | Comments(1)
Those dancing days are gone(William Butler Yeats)
Come, let me sing into your ear;
Those dancing days are gone,
All that silk and satin gear;
Crouch upon a stone,
Wrapping that foul body up
In as foul a rag:
I carry the sun in a golden cup.
The moon in a silver bag.

Curse as you may I sing it through;
What matter if the knave
That the most could pleasure you,
The children that he gave,
Are somewhere sleeping like a top
Under a marble flag?
I carry the sun in a golden cup.
The moon in a silver bag.

I thought it out this very day.
Noon upon the clock,
A man may put pretence away
Who leans upon a stick,
May sing, and sing until he drop,
Whether to maid or hag:
I carry the sun in a golden cup,
The moon in a silver bag.

-William Butler Yeats

*

さて、ではお前の耳もとで歌わせもらうこととするか。
あの踊る日々はもう過ぎ去ってしまったよ、
絹と繻子の衣裳もすべて過ぎ去ってしまったよ。
墓石の上に身を屈めるがいい、
その汚れた身体を
同じくらい薄汚れた襤褸布に包んで。
 -金杯に太陽、
 銀の鞄に月を、私は携えている。

お前が呪い罵ろうとも私は歌いやめぬよ。
お前をいちばん悦ばせたあの悪党とそのガキどもがもう
どこか大理石板の下で独楽のように眠っているからといって
だからそれがどうした?
 -金杯に太陽、
 銀の鞄に月を、私は携えている。

今日この日ふと思ったのだよ。
時計の針は正午、
杖にすがる老人が、
衒いをかなぐり捨て、
歌うところを、倒れるまで歌い続ける、そんな光景、
相手が少女だろうが老婆だろうが歌い止めぬ場面を。
 ―金杯に太陽、
 銀の鞄に月を、私は携えている。

ウィリアム・バトラー・イェイツ

(yorubon訳)
# by yorubon | 2008-09-03 15:04 | ホンヤクコンニャク(翻訳今昔) | Comments(0)
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